
「おね&秀吉の新婚家庭におじゃま虫??」
永禄5年(1562年)1月、尾張国――。
織田信長の居城・清須城にて歴史的な会見が行われました。
三河の大名・松平元康(のちの徳川家康)と結んだ「清須同盟」です。
これから先、信長と元康は互いに力を合わせて敵と戦っていくことを約束したのでした。
「いやあ、めでたいのう。利家殿」
「うむ、めでたいのう、秀吉殿」
清須城下の長屋では、木下藤吉郎秀吉と前田利家のふたりが上機嫌に酒を酌み交わしていました。秀吉と利家はふたりとも、信長に一目置かれている若武者です。
「おーい、おね、酒を頼む」
信長の家臣・木下藤吉郎秀吉は空になった徳利の首を持ち、妻のおねに見えるように振りました。ですが、おねはムッとしてツンと顔をそらしたのです。
「もうありませんよ。そんなに飲みたければ、ご自分で買ってきてください」
「ええ~~、まだ新婚じゃというのに、おねはつれないのう」
「新婚とか関係ありません! 秀吉さまは『正月が来た、やれ、めでたい』、『松平が織田の味方についた、やれ、めでたい』……とかなんとか、なにかにつけて酒を飲んでるだけじゃありませんか!」
「まあまあ、そう怒らずに。なあ、利家殿」
「うむ、めでたいのう、秀吉殿」
利家の目はとろんとしています。
酔いと眠気のせいで、おねが怒っているのがわからないようです。
そこへ――――。
「兄者! よかった、家におったか」
と、秀吉の弟・長秀が駆け込んできました。
(信長さまの急な呼び出しかしら?)
と思ったら、違いました。
長秀の後ろから、わらわらと三人の女たちが続いて入ってきたのです。
「ふーん、こげなところに住んどるんか」
「中村の家よりはマシな気がするけど……秀吉は出世したんじゃなかったの?」
「兄上……やっぱり、草履を尻に敷いてあたためていたのが信長さまにバレて……」
三人に気づいた秀吉は、すっとんきょうな声を上げました。
「おっかあ、姉さま、朝日!? なんでおるんじゃ?」
三人の女たちは、それぞれ秀吉の母のなか、姉のとも、妹の朝日でした。
おねは会うのは初めてです。
「なんでって、おみゃあが清須にばっかりおって中村にちいとも戻ってこんから、会いにきたんじゃ」
「そうよ、お嫁さんをもらったというのに、全然連れてきやしないし。わたしは新しい妹に会う日を楽しみにしてたんだからね!」
「そうです、そうです! 朝日も楽しみにしてたんです! あ、でも、朝日は兄上の妹だけど、お嫁さんより年上なんですよね。こういう場合、どう呼べば……?」
「こらこら、いっぺんに話すな。なにを言うておるかわからん」
けれど、なかたちは秀吉に構わず、
「おねさん、うちの畑で獲れた野菜だよ。たんとおあがり」
「ありがとうございます! おっかさま」
「これ、結婚のお祝い。わたしが縫った帯。使ってね」
「まあ、うれしい! ありがとうございます、姉上さま」
「朝日は巾着を作りました。よかったら……」
「かわいい! 大切にしますね、朝日さま」
このように初めて会ったとは思えないほど、おねを囲んで仲良く話をしています。
と、そこへ、利家の妻・まつが顔を出しました。
「まあ、にぎやかだこと。おねさま、この方たちは?」
「あ、おまつさま! ちょうどよかった。秀吉さまのご家族がお見えになったんですよ。大根、よかったら持っていってください! ついでに酔っ払いの利家さまを引き取ってください!」
見れば、利家はこっくりこっくり船を漕いでいます。
まつは「はあ」とため息をつきました。
「もう……昼間っから。いくらお休みの日だからって、そんなに飲んだら明日からのお勤めに響きますよ? さあ……」
「じゃあ、わしも手伝おうか……ひっ!」
秀吉はまつの反対側から利家に手を貸そうとしましたが、できませんでした。
姉のともが秀吉の首根っこをつかんだからです。
「逃げようったって、そうはいかないよ。わたしはあんたに大事な話があって来たんだ」
「な、なんでしょうか? 姉さま……目が怖いんじゃが」
「わたしの嫁入りはいつになるのか、って話よ。弟のあんたに先を越されて、わたしがどんなにみじめな思いでいるか……わかってないでしょ? わかってないわよね!?」
「え、でも、結婚は縁というかなんというか~~」
「ああ……冷たい弟を持って、わたしはなんて不幸せなんだろう! 大事な姉さまに良縁を、と縁談のひとつやふたつ持ってくるのが弟ってもんじゃないのかい?」
「姉さまの弟はわしだけじゃなかろうが。長秀もおるじゃろ」
「えっ、俺?」
いきなり話を振られた長秀は「巻き込まないで~~」と目で訴えつつ、外へ飛び出していきました。どうやら長秀も、姉にはこれまでさんざん怒られてきたようです。
「あ、逃げた」
「くっ……長秀ぇ、今夜は夕飯抜きにしてやる」
「姉さま、イライラしてばかりいると、ますます男運に恵まれませんよ?」
「朝日、そういうあんたはいいのかい? 行き遅れになっても」
「んー……縁があれば、そのうち自然とめぐりあいましょう」
朝日がにこっと笑うと、秀吉は目をうるうるさせました。
「朝日~~、おまえはいい子じゃのう。朝日には日本一の男を婿にしてやるからの」
「はい、兄上。楽しみにしています!」
「ったく……秀吉、わたしの婿探しも忘れるんじゃないよ?」
「も、もちろん! って、あれ? おねとおっかさまは?」
その頃、おねはまつと利家を送ったあと、義母のなかと長屋の共同井戸のまわりで、なかたちが持ってきてくれた野菜を洗っていました。
「皆さま、本当に仲がいいんですね。秀吉さまの底抜けな明るさは、きっとご家族の皆さまの影響なんですね」
「どうだろうねえ、秀吉があんな調子だから、みんなあんなふうに言いたいことを言うようになっちまったのかもしんないよ?」
「ふふっ、実はわたしも言いたいことを言ってます。……って、あ!」
(わたし、おっかさまの前なのに、つい……)
おねは「しまった」と思い、うつむきました。
義母のなかが気さくな性格なので、つい気がゆるんでしまったのです。
けれど、なかは怒らず、にこにこと「そうかい」と言って、こう続けました。
「家の者を養うのは男の仕事だけんど、家を守るのは女の仕事だから、おねさんの思うようにやりゃあええよ」
「はい、ありがとうございます! おっかさま」
なかたちは一泊し、次の日、中村の家へあわただしく帰っていきました。
秀吉は「もう少しいたらどうじゃ」と言ったのですが「畑の世話があるから」と言って、朝ごはんを食べてから、さっさと帰ってしまったのです。
「おね、おっかさまたちが騒がしくしてすまんかったのう」
「とんでもない! とても楽しかったです。そのうち皆で暮らせるといいですね」
おねがにこっと笑うと、秀吉が後ろからぎゅっと抱きしめてきました。
「ひ、秀吉さま?」
「おっかさまたちも大事じゃが、わしはいちばん、おねが大事じゃ」
おねは耳まで赤くなりながら、「わたしも」とうなずきます。
(秀吉さまと結婚してやっぱりよかった)
冬の朝の寒さもなんのその。
愛する夫のぬくもりに包まれて、おねの胸はほかほかとあたたかくなったのでした。
/おわり