『姫さま、本日のお衣装です!』そのごのおはなし♪ 第8章

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姫さま_そのごのおはなし_あらすじ

 

第●章

 

 

「芽衣、本当に大丈夫? やっぱり、護衛をつけたら?」

 

 眉を下げた藍雪さまが、わたしの手をきゅっとにぎってくる。

 この前、帰り道で襲われてから、藍雪さまはずっと心配してくれてるんだ。

そのたびに、わたしはじーんと胸が熱くなる。

 でも、毎日護衛を頼むのは申し訳ないし。

 

「人通りが多い道を歩きますから、大丈夫ですよ!」

 

「そう……? なにかあったら大きな声で助けを呼ぶのよ?」

 

「はい! 大声には自信ありますから、任せてください!」

 

 ぐっと力こぶをつくると、藍雪さまは笑ってくれた。

「芽衣の声はよく通るものね。でも無理しないように。いってらっしゃい」

「いってきます。藍雪さまもお仕事がんばってください!」

 

 こうやって藍雪さまと別行動することはさびしいけど、ちょっとずつ慣れてきた。

お互いにやれることをやらなきゃだね。

 では、今日も花殿へおじゃまします!

 

 人が多い道を選んで花殿に行くと、部屋からいい香りがただよってきた。

胸がすっきりするような、すてきな香りだ。

「おはようございます。わあ、百命花だ!」

 部屋の中には、淡い黄色の花がたくさんあった。

 

そんな花のあいまから、ひょっこりと杏が顔を出す。

「芽衣、久しぶり。元気だった?」

「杏! やっほー、会いたかったよー!」

「わっ、ちょっと、もう。芽衣はあいかわらずだね」

 走っていって、ぎゅーっと抱きつけば、杏はくすくすと笑った。

 杏は、髪を頭の上でひとつにまとめている、後宮の宮女仲間で友だちだ。

 

「ね、里帰り、楽しかった?」

「楽しかったよ。母さんの具合もよくなってるみたいだし」

 そっかそっか、それならよかった。杏のお母さん、病気がちだもんね。

 実は、杏の育った村は百命花を育てていて、今回の儀式に使う花を用意していたんだって。杏も花の世話のために、しばらく後宮をはなれていたんだ。

ここにある花も、杏が届けてくれたみたい。

 

ふと、杏が真剣な雰囲気になって、わたしからはなれた。

「紅花さま。舞手が活けた花を『百命花の舞』の会場に飾ることが習わしだそうです。ここにある花を使ってください」

「……ええ」

 椅子に座っていた紅花さまは、つんとそっぽを向きながらうなずく。杏も緊張した顔だから、落ち着かない空気が流れた。

 ……このふたりも、后選びのときにいろいろあったもんね。

 

「あなた、髪を結んでちょうだい」

「あ、はい」

 わたしは紅花さまの赤い髪をひとつに結んだ。

 

 髪型がすっきりした紅花さまは、真剣に花を選んで、花瓶に活けていく。

「でも、杏。いまから活けて、儀式当日までもつのかな?」

「百命花は長持ちするんだよ。儀式は一週間後でしょ。よゆうだと思う」

「……もう、一週間後かあ」

 忙しすぎて忘れてたけど、あとすこしで本番なんだね。うう、緊張するかも。

「わたしね、『百命花の舞』がすごく楽しみなんだ」

 杏がわたしを見て、目を細めた。

 

「ほら、あの儀式って病気平癒の祈りがこめられてるでしょ? わたしの母さんは流行り病ってわけじゃないんだけど、でも舞がうまくいったら、母さんも元気になるかなあ、なんて思って」

 

「杏……」

そっか。そうだよね、たしかに『百命花の舞』はそういう儀式だった。

白竜さまと藍雪さまが、やさしい気持ちで開くもの。

 その儀式を心待ちにする人がいるんだ。

 杏だけじゃない、国中にきっともっと、たくさんいるんだよね。

 

 ――ということは、わたし、すごく大切な役目を背負ってる?

 

「責任重大だなあ」

 わたしはいままでずっと、「うまく舞いたい」って思ってた。

 だけど、うまいだけじゃ、だめなのかもしれない。

「舞手は、自分じゃなくて、みんなのために舞うものなのかもしれないね」

 白竜さまと藍雪さまの想いを抱えて。

大切な人が病から回復してほしいっていう、みんなの想いを抱えて。

そうして舞うのが、きっと『百命花の舞』なんだ。……よし、がんばろう!

 

「――みんなのためとか、そういうの、わたしにはよくわからないわ」

 

 紅花さまが作業の手を止めないまま、つぶやいた。

「他人なんてどうでもいいもの」

 百命花の茎をぱちっぱちっと、はさみで切っていく紅花さま。

 どうでもいいなんて、いじわるだ。でも――、本当にそうなのかな?

 まわりの期待に応えたいって思う紅花さまは、みんなのことをしっかり考えてる気がするんだけど……。

 杏は無言になってから、紅花さまを見つめた。

 

「わたし、紅花さまの舞も楽しみです。儀式を、どうか成功させてくださいね」

 

 紅花さまは一度杏を見て、居心地が悪そうに目をそらす。

「母親の病気平癒を、よりにもよってわたしに頼むの?」

 

「后選びのとき、紅花さまにされたことはつらかったし、わたしもたくさん反省しています。でも今回の紅花さまは、真面目に舞を披露されるんでしょう? だったら、わたしは応援します」

 

 杏の声は、すごくまっすぐな響きをしていた。

 紅花さまはすこししてから、ふんっと鼻を鳴らす。

「言われなくても、わかってるわ。ほら、花はこれでいいでしょ」

 

わ、すごい!

 

 花瓶にはすっごくきれいに、百命花を中心とした花たちが活けられていた。

 杏もほれぼれしてため息をついてから、うなずく。

「では、その花瓶を宮廷まで届けていただけますか? 役人に届けるまでが、舞手の仕事だそうなので」

「まったく、面倒ね。あなた、花瓶を持ってちょうだい」

 

 え、わたし⁉

 

「あなたも一応、舞手でしょ。仕事をしなさい」

「う……、わかりました」

 よいしょっと、花瓶を持ちあげる。結構重いんだけど……!

 そのまま、わたしと紅花さまは杏と別れて、馬車で移動した。

 ゆれるときに花瓶を落とさないように気をつけなきゃ。

 緊張してるわたしとは反対に、紅花さまは窓枠に肘をついて外を眺めていた。

 

「ねえ。衣装はもうできたの?」

 視線は外に向けたまま、紅花さまが聞いてくる。

「あともうすこしで完成しますよ。さすがに三着同時進行は疲れますね」

「三着?」

「『百命花の舞』の紅花さまとわたしと、藍雪さまの分。あ、でも藍雪さまの婚礼の衣装もつくっているので、四着同時進行ですね」

 

「……呆れた。仕事のしすぎは禁物よ。疲れて倒れる前に、うちの侍女に言いなさい。あの子たちもひと通りの裁縫ならできるから」

 

「え」

 

 ぽかんとしたわたしを、紅花さまは「なによ」と眉を寄せてにらんできた。

 

「あの、いまのって、わたしのことを心配してくれたんですか?」

 

「……はあ⁉ してないわ! 変なこと言わないで!」

 

 うわっ、急に大きな声を出さないでほしいな……!

「わたしはただ、衣装づくりが間にあわないとか、寝不足で適当につくったとか、そういうことにならないようにって言ってるの!」

「ああ、なるほど」

 最近、前ほどつんつんした態度をしてこないから、同じ舞台に立つ舞手として認めてもらえたのかなあ、なんて思ったんだけど。ちがったのかな。

「あと、侍女に手伝わせていいのは、わたしとあなたの衣装だけよ。藍雪の分なんて、知ったことじゃないわ」

 ふんっとそっぽを向く紅花さま。うんん……、あいかわずだ。でも、いいよ。

 

「藍雪さまの衣装は自分でつくりたいので、大丈夫です」

 これだけは、だれにもゆずりたくないからね。

「……どうして、あなたはそこまで藍雪が好きなの?」

 ふいに、そう聞かれた。どうしてと言われても。

「やさしいし、かわいいし、笑顔がすてきだし、まっすぐで強い心を持ってるし――、長くなりますけど、全部聞きます?」

「……結構よ」

 えええ、残念。大好きな藍雪さま語りができると思ったのに。

 

(でも、紅花さま、なんでそんなことを?)

 

 ため息まじりにもう一度外を見ている紅花さまは、いつもよりちょっとだけ元気がないように見えた。

「どうかしたんですか?」

「べつに」

 結んだ髪の毛先をくるくると指でいじる紅花さまは、やがて、口を開く。

 

「――うちの侍女たちは、そこまでわたしを好きではないだろうな、って思っただけよ」

 

「侍女さんたち?」

「わたしといっしょに舞うことすら、嫌がらせを怖がってできないくらいだもの。……主人としておとっているのかと、自分がなさけなくなってくるわね」

 ぽつん、と紅花さまのつぶやきが落ちた。でもすぐに、首をふる。

「あなたが主人自慢をするものだから、変なことを口走ったわ。いまのは忘れなさい。いいわね?」

 念を押すみたいに、するどくにらみつけられる。

 

 ――もしかして紅花さま、さびしいのかな。

 

 紅花さまにとっても、今回の『百命花の舞』は一筋縄ではいかない儀式だよね。

 

嫌がらせをされて、だれも助けてくれなくて……。

 

 そんな状況だったら、弱気にもなっちゃうかもしれない。

 

 うーん、だけどわたし、思うんだ。

 

「紅花さまは侍女さんたちに好かれていると思いますよ」

 

「……ちょっと、わたしの話を聞きなさい。さっき、忘れろって言ったのよ」

「はい、このあとでちゃんと忘れますよ。だからもうすこし、お話しませんか」

 

 紅花さまはぽかんとわたしを見る。

弱っている子って、放っておけないよね。

「ねえ、紅花さま。舞の衣装をつくってほしいって最初にわたしに頼んできたのは、侍女さんでしたよ。わたしの舞の練習につきあってくれているのも、侍女さんたちです。それって、全部紅花さまのためですよね」

 紅花さまって、実は、自分の侍女にきつく当たることはほとんどないんだ。

 侍女さんたちも、紅花さまのためにってがんばってるし。

 そんなに悪い関係には見えないんだよね。

(まあ、后選びのときのわたしは、散々紅花さまや侍女さんにきついことをされたから、簡単に「いい人たち!」とは言い切れないんだけど……)

 それでもたぶん、紅花さまと侍女さんたちには、ちゃんと信頼がある。

 

「自信を持ってください……、ほどほどに! 自信持ちすぎて、まわりの人を見下すのはだめですよ? ほどよく自信を持ってくださいね!」

 

 紅花さまの眉がぎゅっとよった。

「それ、なぐさめているのか、けんかを売っているのか、どっちなの?」

「なぐさめてます!」

「……まあいいわ。そういうことにしてあげる。というか、あなたごときがわたしをなぐさめるなんて、調子に乗らないでちょうだい!」

「あ、ほら! さっそくわたしのこと見下してるじゃないですか!」

 わたしを鼻で笑った紅花さまは、持っていた扇を開くと口もとを隠した。

 澄ました顔しちゃって、もうー!

 

「……ねえ、本当に、いま話したことはすべて忘れるのよね?」

「忘れますよ。でも、傷ついているわたしの心は忘れられないかもです!」

「あらそう。……どうせ忘れるなら、もうひとつだけ聞いておくわ」

 あ、軽く流された。また傷つきましたよ、わたし!

 でも紅花さまがちょっと真剣な目になったから、わたしも背筋をのばす。

 

「――藍雪は、わたしが嫌がらせをしていたとき、どんな様子だった?」

 藍雪さま……? それは、もちろん。

「とても悲しかったし、つらかったと思います」

 紅花さまは視線を落として「そう」とつぶやいた。

 

 もしかして、自分が嫌がらせをされる立場になって、あのころの藍雪さまの気持ちがわかるようになってきたのかな。……そうだといいな。

 

 紅花さまにはそういうことを、ちゃんと知ってほしい。

 

 そうじゃないと、なにも変わらないと思うから。

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