『姫さま、本日のお衣装です!』そのごのおはなし♪ 第7章

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姫さま_そのごのおはなし_あらすじ

 

第7章

 

 

ぽろろん。

 

 風に乗って琴の音がしたのは、その日の練習をはじめて一時間が経ったころだ。

 

今日も今日とて、わたしは花殿で舞の練習中。

 

この日は、侍女たちが部屋にいるだけで、紅花さまの姿はなかった。

 紅花さまは琴の演奏も上手だったよね。さっきの音、紅花さまかな?

「休けいにしましょう。あなた、いまのうちに紅花さまの部屋に行きなさい」

 え、なになに? 急に背中をおされたんだけど。

「どうしたんですか、突然」

「いいから、早く。……本番で変な空気になっても困るのよ」

 

 えええ、どういうこと?

 

とりあえず、言われるまま紅花さまのもとに向かうと、部屋から出てくる人がいた。

 

「あら。あなた」

「……えっ!」

 こ、このお姫さま、わたし知ってるんだけど!

(わたしのこと、盗っ人あつかいした子じゃん!)

 目の前にいるのは、后選びのときに、紅花さまと組んでわたしたちに嫌がらせをしてきたお姫さまだった。まさか、こんなところで会うなんて……!

つい一歩後ずさると、遅れて紅花さまも顔を見せた。

 

「ああ、ちょうどいいところに来たわね。この姫が『百命花の舞』で琴を演奏してくれることになったから、覚えておきなさい」

 

「琴?」

「音楽がないと舞えないでしょう。……本当は侍女に任せたかったけど、みんな怖くて無理だと言うから」

 儀式当日の琴の演奏者も、紅花さまが手配しなきゃいけないみたい。

 でもいまの紅花さまに手を貸してくれる人はいなくて、困っていたらしい。

「最悪、演奏者くらいなら白竜さまに頼んで探してもらおうかとも思ったけど……、王にむだな借りをつくらずにすんだわね」

「紅花さまとは縁がありますから。わたしでよければ、喜んで演奏しますよ」

 お姫さまが笑えば、紅花さまは安心したみたいに肩の力を抜いた。

「ありがとう。報酬はしっかり支払うわ」

 だれも助けてくれないって思っていたところに現れた助っ人だからか、紅花さまはすごくうれしそう。

 

(……でも、わたしは微妙な気持ちだよ)

 

 このお姫さまのせいで、あのとき、わたしは牢に入ることになったわけだし。

 

 お姫さまは紅花さまにあいさつをしてから、去っていこうとする。

 でもその前に、すれちがうとき、わたしにだけ聞こえるようにささやいた。

「そんな顔しないで。今回は味方してあげるわ。報酬ももらえることだし」

 ……報酬? そのために手伝ってくれるの?

 紅花さまを助けたいから、とかじゃなくて?

 お姫さまはいじわるく目を細めた。

「わたしは、自分に利があることをするだけよ。じゃあね」

 ――演奏者が見つかったのはいいけど、なんか、嫌だな。

 あのお姫さまは、信用できないっていうか……。

(それに、后選びのときのこと、いろいろ思いだしちゃった)

 あのときの紅花さま、本当にいじわるだったな。

紅花さまにも事情があることは教えてもらったけど……。

 

「あの、紅花さま」

 部屋にもどっていこうとしていた紅花さまが、ふり返る。

「紅花さまは藍雪さまのこと、どう思っていますか?」

 子どものころ、ふたりは仲がよかったんだよね。それが后選びの儀式をきっかけに、すれちがった。それは悲しいなって、わたしは思うんだけど。

「……知らないわ、あの子のことなんて」

 紅花さまは小さくつぶやいて、わたしから目をそらした。

 

 

 それからも、わたしは侍女たちのもとにもどって、舞の練習をした。

 

 花殿を出たのは夕暮れどき。

 

 今日も疲れたけど、心は軽いんだ。鼻歌だって歌っちゃうくらい!

 だってね、実はこのあと――、雷斗さまと待ち合わせをしてるんだよ!

 舞の練習につきあってくれるって、雷斗さまが言ってくれたんだ。

 

「ふんふんふ~ん、ふっふふっふふ~。がんばっるぞ~……、って、あれ?」

(だれかいる……?)

 

 ふりかえると、そこには後宮の道がつづいている。

 夕陽に照らされた細い道だ。人通りがすくなくて、この時間はちょっと不気味なんだけど、天陽宮までの近道だからよく使ってるんだよ。

 今日も歩いているのはわたしだけ。でもさっき、足音が聞こえた気がした。

 

(うーん、……まあ、いっか)

 たぶんかんちがいかな――、と思ったときだった。

 

「んぐっ⁉」

 

 急に後ろから、うでを引っぱられた。

そのまま、だれかの手で口をふさがれる。な、なに……⁉

 

「――『百命花の舞』、当日の舞手は辞退しなさい」

 

 耳もとで、声がした。

 うでは背中側でつかまれていて、動けない。首だけ動かしても、わたしの後ろに立っている人の顔は見えなかった。女の人の声だけど、聞き覚えはない。

なんなの? どこから……?

 何本か交差する道があるから、そこから出てきたのかな。いや、それより!

(もしかしなくても、これって、嫌がらせ?)

 もともと舞手だった花殿の侍女は、つきとばされてけがをした。紅花さまのじゃまをしようと、だれかが計画した嫌がらせだ。だったら、これも……?

 

「んーっ!」

 

 はなしてって必死に伝えると、「大声は出さないで」って言いながら、その女の人がわたしの口から手をはなす。

「で、辞退してくれるわよね?」

「……するわけないじゃないですか!」

 

 相手の声が、「は?」って一気に低くなった。つい、びくっとするけど……。

 

嫌がらせになんて負けたくない。

 

「わたしは舞います。ひきょうな方法で、わたしと紅花さま、それに白竜さまや藍雪さまの想いをじゃましないでください!」

『百命花の舞』は絶対に成功させる。

 そのためにわたしの舞が必要なら、絶対にやり遂げるんだ。そう決めた。

「こんな嫌がらせをしてもむだですよ。わたし、強いので!」

「……わかったわ」

 ん? あれ。意外とあっさり? もうちょっと、「生意気!」とか言われるかと思ったんだけど。なんだ、結構いい人だったのかな――。

「じゃあ、多少の痛い目にあって、意見を変えてもらうしかないわね」

聞こえたのは、ぞっとするほど低い声だった。

 

それから、首筋に冷たいものがあたる。え……?

 

「さっさとあきらめた方が、身のためよ」

 

 ちょ、ちょっと、待って。これ――、刀?

 

「なにして……」

「舞手を辞退すると言いなさい。言えば、はなしてあげる」

「いたっ!」

 ぐいっと刀が押しあてられる。うそでしょ、さすがに、こんなのはじめて。

 

「やだ、はなしてください!」

「ええ。辞退すると言えば、すぐにでも」

「そんな」

 ……怖い。刀なんて、嫌がらせを越えてるでしょ。

「さあ、早く!」

 ど、どうしよう……!

 辞退すれば、見逃してもらえる? わたしが舞わなかったら、それですむのかな。だったらそのほうが――、いや、だめだ。そんなの、だめ!

 ぐっと足に力をこめる。ふるえないで。負けないで。

 

「わたしは……、絶対に舞います!」

 

 紅花さまを見捨てない。藍雪さまの願いを叶える。そう決めたんだから。

「あきらめるのはそっちです! なにをされても、わたしは『百命花の舞』を成功させますから!」

 後ろで、ふっと鼻で笑う音がした。

 

「ばかな子」

 

 刀をにぎりなおしているのがわかった。怖くて、ぎゅっと目を閉じる。ちょっと痛いくらいなら、がまんできる。がまん……、する。絶対負けないから……!

 

 体中に力を入れた、そのときだった。

「いっ……」

 女の人がうめいて、急にわたしのうでが解放された。

 

(え、なに……?)

 

 からん、となにかの落ちる音がする。刀のさやだ。

これが飛んできて、女の人にぶつかった……?

 前から、だれかが走ってくるのが見えた。わたしのすぐ横を、その影がかけぬける。

女の人に一直線に向かって、人影はにぎっていた刀をふった。

 きん、と刀同士のぶつかる音がする。

(この人、もしかして、助けてくれたの?)

 人影がふり返った。とたんに、冷たい氷みたいな瞳に射抜かれて、びくっとする。

 

後宮では見たことがない子だ。男の子……?

「芽衣は危ないから、下がってろ!」

 

 ……あ、あれ? でも、この声って。

 

「うそ、雷斗さま⁉」

 

 人影――雷斗さまは刀をにぎりなおすと、女の人に打ちこんだ。

いつもとは違う、するどい表情だ。

 女の人が舌打ちをする。はなれてみてわかったけど、布で顔を隠してるみたい。

 彼女は分が悪いと思ったのか、突然、背を向けて走りだした。

「待て!」

 雷斗さまが追いかけようとする。でも、はっとしてふり返った。

「大丈夫か、芽衣! けがは?」

「あ、えっと、平気です」

「そうか……、それならよかった」

 安心した様子でかけよってくる雷斗さま。だけど――。

「あの、雷斗さまですよね?」

 さやを拾った雷斗さまが、「俺以外にだれがいるんだ」ってくすっと笑った。

 あ、いつもの雷斗さまだ。さっきまで、あんなに冷たい顔してたのに。

 

「雷斗さま、どうしてここに……?」

「仕事が早く終わったから、芽衣をむかえに行こうと思ったんだ。それで歩いていたら、芽衣と怪しい女が見えたから。逃げられるなんて、俺もまだまだだな」

「いえいえ、ありがとうございます、助かりました……! あ、でも、雷斗さま、そでのところが」

「ん? ああ、すこし切れたか」

 相手の刀がかすったのか、衣装のそでが破れてる。けがはなさそうだけど……。

「それ、わたしが縫ってもいいですか?」

 裁縫道具は、いつも持ち歩いてるんだ。

巾着袋から針と糸を用意すると、雷斗さまはうなずいた。

「じゃあ、頼む」

 

 地面に座って手を差しだしてくる雷斗さまのとなりに座って……というか、座りこんで、わたしはふうっと息をつく。

 

(こ、怖かった……! さすがに刀を向けられるのは、はじめてだよ!)

 

 雷斗さまの登場にびっくりして忘れていたけど、足がふるえてきた。

 わたしだけだったら、どうなっていたんだろう。考えたくないな。

「雷斗さまが来てくれて、よかったです」

 あ、だめだ、手も声もふるえてきた。まずい、なさけない……!

 でも雷斗さまは、やさしく目を細める。

「どういたしまして」

 

 ……あああ~、ちょっとだめかもしれない!

 

 いまのわたしの目に、そのきらきら笑顔はまずいです!

 

 安心して、でもどきどきして、よくわからなくなってくるよ!

 

「えっと、とりあえず! 目立たないように縫っちゃいますね!」

 雷斗さまの衣装は洗練されているから、完ぺきに縫わないと。

「あ、せっかく芽衣がやるなら、あれも頼むよ。むかしのやつ」

 雷斗さまはいたずらっぽく片目を閉じた。むかしのあれ……? あっ!

「あれですね! 了解です!」

 雷斗さまの言いたいことがわかって、わたしも笑えてきた。

 金色の糸を針穴に通す。黒地に金の糸で刺しゅうされた衣装だから、この色を使えば雰囲気を壊さずにすむはずだ。

 黙々と針を動かしていくうちに、だんだん、手のふるえも止まってきた。

 

「はい、できました!」

 

 ぱちんと糸切りばさみで糸を断ちきって、終了!

 雷斗さまはそでを持ちあげて、満足そうにうなずいた。

 

「ありがとう。なつかしいな、氷の結晶」

 

 黒い衣装の破れをふさぎながら、新しく加えられた装飾。

 むかし、わたしが雷斗さまの衣装にした刺しゅうと同じ、雪の結晶だ。

「はい、なつかしいです! あのときの雷斗さまはつんつんしてたから、氷の結晶が似合ってましたよね」

「いまは似合わないか?」

 からかうみたいな声で言う雷斗さまに、わたしは勢いよく首をふる。

「そういうわけじゃないですよ! 雷斗さまはなんでも似合うから!」

 本当に、どんな衣装でも着こなしちゃうと思うし。それに。

「さっきの雷斗さま、ちょっとむかしっぽかったです」

 一瞬、だれだかわからなかったくらいだもん。びっくりした。

 あのするどい瞳でにらまれた相手は、怖かっただろうな。逃げたくなる気持ちもわかる。

雷斗さま、いまでもああいう表情ができるんだね。

 いつも笑顔の雷斗さまだから、意外というか、どきっとするというか。

 うんん? なんか、まずいかも……? またはずかしくなってきた!

 

「どうした?」

 

「い、いえ! なんでもないです!」

 

「……もしかして、芽衣はああいう表情の方が好きか?」

 

「……はい⁉」

 

 思わずばっと雷斗さまを見れば、雷斗さまは楽しそうに笑っていた。

 

「なるほど。芽衣の趣味は理解した」

 

「ちがいますけど⁉ わたしはべつに、いつもの雷斗さまも好きですよ!」

 

「え?」

 

「え?」

 

 ……あれ、わたし、だいぶはずかしいことを叫んでる?

 気づいたとたん、かあああっとほほが熱くなる。

 雷斗さまはぱちっと目をまたたいて、わたしを見ていた。

それから、ちょっとだけ耳が赤くなる。

 

「芽衣、それは」

「ああああ、いえ、あの、ちがうんですよ⁉ そういうことじゃなくて……、あ、それより! つんつん雷斗さまを貴族相手に活用するのはどうですか⁉」

 

 話をそらしたくて、勢い任せにそう言った。

 ……うん、でも、結構いい考えじゃない?

「雷斗さま、貴族たちに面倒なことを言われて、困ってるんですよね?」

 前に、貴族との会話を苦笑でごまかす姿を見たことがあるし。

「雷斗さまがやさしいから、貴族たちも無茶なことを言ってくるんじゃないかなって思うんです。だからたまには、つんつん対応してもいい気がして」

そうしたら、貴族もびっくりして、うるさく言ってこなくなるかも。

それにあの人たち、嫌なことは嫌ってはっきり言わないと、気づいてくれなさそうだったから。つんつん対応、ありじゃない?

 

「……なるほど。試してみるよ。ありがとう、芽衣」

 そう言って、雷斗さまはそでの刺しゅうにふれてほほ笑んだ。

「芽衣のお守りがあれば、うまくいきそうだ」

 ……うっ、またほほが熱い気がするのは、気のせいじゃないよね。

 つんつんしててもしてなくても、どっちの雷斗さまもかっこいいんだよなあ。

「そろそろ天陽宮に行くか。でも舞の練習は今度にしよう。今日は休んだ方がいい。立てるか?」

 練習はお預けかあ。ちょっと残念。でもたしかに疲れちゃったし。

「ありがとうございます。立てますよ……、あれ?」

 ふらふらして、足もとがおぼつかない。

落ち着いたと思ったけど、まだだめだったっぽい……?

 

「ああ、無理そうだな。だったら、姫抱きで運ぼうか?」

 

 ひ、姫抱き……⁉

「いえいえいえいえ……! 恐れ多い! わたし、姫じゃなくて宮女だし!」

「でも歩けないんだろ?」

「根性でなんとかします!」

 おかしそうに噴きだした雷斗さまが「じゃあ」と手を差しだしてくる。

 

「つかまれ」

「え、えええ……?」

 

 それはそれで、はずかしい。でも抱っこよりまし?

 ひとりじゃ歩けないのはたしかだし。うーん……!

「じゃあ、あの、失礼します」

 おそるおそる、雷斗さまの手をにぎる。あ、あったかい。

 たったそれだけで、体から緊張が抜けていく。

(まあ、その代わり、どきどきで壊れそうなんですけどね……っ!)

 

 

 どうにか天陽宮まで帰ってきたわたし。

 雷斗さまから事情を聞いた藍雪さまが、真っ青になって心配してくれるのは、またべつのお話――いや、これだけは言っておこう。

 

 藍雪さま、やさしい、好き! 心配かけてごめんなさい!

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