



第1章
夏の風が窓からさあっと入ってくる、そんな午後。
天陽宮ではきらきらの太陽に負けないくらいの、きらきらなおふたりがお茶会をしています!
「藍雪、ここ数日暑い日がつづいたけれど、体調はくずしていないかい?」
「お気づかいありがとうございます、白竜さま。毎日元気ですわ」
ふわりとほほ笑みあう、白竜さまと藍雪さま。
(ああ。好きな人とおしゃべりしてるときの藍雪さま、最高にかわいい!)
今日の藍雪さまの衣装は、夏らしい軽やかな布でできている。
その水色の衣装が、藍雪さまの海みたいな色の髪に似合っていて、見ているだけでも涼しい気分だよ。
そのうえ、藍雪さまの恋する乙女の笑顔があわさったら……、ね!
もう、もう、好き! ってなるわけですよ!
(芽衣はいま、とても幸せです! ありがとう、藍雪さま!)
――辰の国、后選びの儀式。
春にこの後宮で行われた儀式で、王さまの后候補としてふたりのお姫さま、藍雪さまと紅花さまが競いあった。
いじわるな紅花さまには、いろいろとじゃまをされたんだけど…….
最後には藍雪さまが后として選ばれて、見事、初恋の王さま・白竜さまと結婚することになったんだよ!
儀式では、わたしも衣装係として、藍雪さまのお手伝いをしたんだ!
それでいま、わたしたちは后が住む建物・天陽宮で生活しているんだけど、白竜さまは仕事のすき間をぬって、よく遊びに来てくれる。
白い髪をした、穏やかな笑顔の白竜さま。
藍雪さまと並んでいる様子を見ているだけで、わたしまで幸せになっちゃうような、最高にお似合いのおふたりだ。まさに眼福!
「あ、藍雪さま。お茶のお代わりを注ぎますね!」
「ありがとう、芽衣」
わたしに向けてほほ笑んでくれる藍雪さま。だけど、その表情がくもった。
「白竜さまは、お疲れのご様子ですわね」
そう言った藍雪さまは、目の前に座る白竜さまに視線をもどした。
……あ、たしかに白竜さま、ちょっと顔色悪いかも?
「政務が大変なのですか?」
藍雪さまの言葉に、白竜さまは困り顔になって目をふせる。
「そうだね、すこし面倒なことが多くて……。ごめん、しばらく藍雪にも会いに来られなくなるかもしれない」
「気になさらないでください。ご無理をしないことが一番ですわ」
白竜さまが「うん」と力なく笑って、その日のお茶会はお開きになった。
(うーん、白竜さまは王さまだもんね、仕事も多いんだろうなあ……)
いつもにこにこしてる白竜さまだから大変そうには見えないけど、きっと王さまって責任重大な仕事がたくさんあるんだよね。
今日もこれから宮廷にもどって、仕事をするらしいし。
後宮は宮廷の中にあるんだけど、普段王さまが仕事をしている建物とは馬車で行き来しないと疲れるくらいに距離がある。
わたしたちが天陽宮の外に行くと、黒髪の男の子がふり返った。
「兄上、ちょうど馬車の準備ができたところだぞ」
にっと笑顔を向けてくるのは、白竜さまの弟で第二王子の雷斗さまだ。
わたしたちみたいな宮女にもやさしい、気さくな男の子なんだよ。后選びのときに、わたしのこともたくさん助けてくれたし。いい人すぎる!
そのうえ、衣装にもくわしいんだから、ずるいくらいだよね!
白竜さまが馬車に乗りこむと、雷斗さまは不思議そうな顔をした。
「藍雪どのも芽衣も、どうかしたのか? 表情暗いけど」
ああ……、まあ、ね?
「白竜さまのお仕事がお忙しいと聞いて、すこし心配になってしまったんです」
「わたしも。白竜さま、いつもはもっときらきらしてるから……」
「なるほど――、大変なのは事実だけど、兄上もやわじゃないから心配しなくていいと思うよ。俺もついてるしな」
だから大丈夫、と雷斗さまはわたしたちを安心させるみたいに笑ってから、馬に乗って去っていった。白竜さまを乗せた馬車も、そのあとにつづく。
「――って言われても、心配ですよね」
「ええ。でも、わたしはわたしで、后の仕事を務めないと」
藍雪さまはぎゅっとこぶしをにぎって、気合いを入れた。
「さすが、藍雪さま。そういえば、午後からは天陽宮にお姫さまたちが集まって、琴の練習をするんでしたっけ?」
後宮はもともと、白竜さまの后を選ぶためにお姫さまを集めた場所だ。
でも、后が決まったあとも、みんな後宮に残って生活してる。
みんなで楽器の演奏や勉強を教えあって、よりよいお姫さまになろうね、ってことみたい。お姫さまの学校って感じかな。
「あ、ばあやさーん、ただいまです。お茶会終わりましたーっ!」
「おかえりなさいませ。藍雪さま、芽衣」
部屋にもどると、ばあやさん(むかしから藍雪さまのお世話をしている超優秀なおばあちゃん侍女!)が笑顔でむかえてくれた。
ばあやさんはお茶会のあいだ、琴の練習部屋の用意をしてくれていたんだ。
「白竜さまもですけど、藍雪さまも忙しいですよね。みんな大変だなあ」
わたしが言うと。ばあやさんが苦笑してうなずく。
「后は姫たちを守る立場ですからね。忙しいのも仕方ありません」
「おお、やっぱり后ってすごいんだ……。藍雪さまって、最近はお姫さまたちのお悩み相談とかも受けてますよね。あれも后の仕事ですか?」
「そのとおり。そしてわたしたちは、そんな藍雪さまを支えることが仕事。ここで力尽きていてはだめですよ、芽衣」
「うっ……、はい。お任せください!」
藍雪さまたちががんばってるんだから、わたしもがんばる!
「でもやっぱり、わたしの一番の仕事は衣装づくりだなあ。またかわいい衣装をつくりたいです!」
わたし、衣装づくりが大好きなんだ!
儀式があれば、とびっきりかわいい衣装を藍雪さまにつくってあげたい。
でも、最近はその機会もないから退屈で……。
「婚礼の儀式、早くはじまってほしいです」
王と后の結婚にはいろいろな手順があって、貴族におひろめする儀式とか、民におひろめする儀式とか、神さまに結婚を報告する儀式とか、とにかくやることが盛りだくさんなんだって。
とくに神さまに結婚を報告する儀式では、決められた衣装があるんだよ。
すっごくすその長い、真っ白な衣装って決まってるんだ。
後ろのすそを長くして、刺しゅうもたくさんつけるの。
そんな長いすそを引いて歩く姿は、豪華で華やかなこと間違いなし!
「あああ~、早くつくりたい! 婚礼衣装!」
「芽衣ったら気が早いわ」
盛りあがるわたしを見て、藍雪さまははずかしそうにほほを染めた。
だけど、ふと思い出したようにつぶやく。
「儀式なら、そろそろ『百命花の舞』があるわね」
「ひゃくめいか……? なんですか、それ?」
「宮廷の儀式のひとつよ。姫が特別な舞を披露するの」
「わあ、舞ってことは衣装もありますよね? それは期待大です、楽しみ!」
「そうね。――白竜さまは、今年の『百命花の舞』に力を入れるつもりかもしれないし。きっといい儀式になると思うわ」
藍雪さまはそう言って笑った。 でもなんか……、やさしくて、すこしだけ泣きそうな笑顔だ。
(どうしたんだろう。『百命花の舞』って儀式に、なにかあるのかな?)