



第5章
「では、いってきますね、藍雪さま」
数日後、天陽宮の外まで見送りに来てくれた藍雪さまにそう言うと、藍雪さまはうなずいた。
「いってらっしゃい。なにかあったら、すぐに知らせてちょうだい」
藍雪さまは心配そうだったけど、そこでふわっと笑ってくれる。
「芽衣のつくる衣装、楽しみだわ。わたしの衣装じゃないことは、さびしいけれど」
「大丈夫ですよ。紅花さまと藍雪さまの衣装、同時進行で進めますから。『百命花の舞』の衣装も婚礼の衣装も。白竜さまの心をずきゅんとうちぬく衣装にしてみせます!」
「ずきゅん……、わたしにできるかしら」
かあっと赤くなった藍雪さまだけど、こくんとうなずく。
「芽衣の衣装に見合うよう、わたしも后の仕事をしっかり務めるわ。今回はいっしょにいられる時間がすくないけれど、お互いにがんばりましょう。――紅花のこと、よろしくね」
「もちろんです。お任せください!」
藍雪さまは安心したみたいで、もう一度ほほ笑んでくれた。
やっぱり藍雪さまも、紅花さまを見捨てたくなかったんだよね。
うん、それならわたしも全力で紅花さまの手助けをしなきゃ!
手をふる藍雪さまと別れて、わたしはさっそく、花殿に向かった。
今日から、紅花さまの衣装づくりがはじまるんだ。まずは採寸の作業から!
「おはようございますー! 天陽宮の芽衣です。採寸にやって参りました!」
「ああ……、あなたね。入りなさい」
花殿の侍女はなんとなく嫌そうな顔で出むかえてくれた。
ちょっと心折れそうだけど、がんばれ、わたし!
「紅花さま、今日はよろしくお願いします!」
これまたなんとなく嫌そうな顔をした紅花さまの身長やうでの長さ、そのほかにもいろいろと長さを測っていく。
採寸はきれいで動きやすい衣装にするための大切な作業だ。
まあ、作業中も、侍女たちのとげとげした視線が刺さってくるわけだけど……。
気にしない気にしない!
「どんな衣装にするか、もう決めているの?」
ちょうど採寸が終わったところで、紅花さまが聞いてきた。
お、衣装に興味を持ってくれたのかな? うれしい!
「まだ考え中なんですけど、百命花と同じ淡い黄色の衣装がいいかなと思ってます。すらっとした清楚なお花だったから、そんな雰囲気で!」
百命花は百合に似た、黄色の花だった。
衣装にも「百命花らしさ」を出していきたいなって考えてるんだよ。
「ふうん。具体性がないわね。――あなた、ついてらっしゃい」
「え? あ、どこに行くんですか?」
なぜだか、紅花さまは部屋を出て、ずんずん進んでいく。待って……!
わたしがあわてて追いかけると、ついたのは花殿の庭だった。
紅花さまは侍女と並びたって、ふり返る。
「『百命花の舞』を見せてあげる。衣装づくりの参考にしなさい」
そう言って、紅花さまは舞のための扇を構えて、侍女もそれにつづいた。
おお。舞、見せてくれるんだ……!
「気になっていたんです。ありがとうございます!」
やっぱり衣装をつくるなら、どんな舞かも知っておかないとだもんね!
「あ、でも、侍女さんも舞うんですか?」
扇を構えているのは、わたしをはじめて花殿に引っぱっていった、あの侍女だった。
もうひとりの舞手の代わりとか? 舞手はふたりの姫のはずだもんね。
だけど紅花さまは苦々しそうにつぶやいた。
「本当なら儀式では姫が舞うものだけど、だれも協力してくれないから、本番も侍女に任せることにしたわ」
あ……、そうなんだ。
紅花さま、衣装づくりだけじゃなくて、舞手にも困ってたんだね。
雷斗さまと貴族が話していた内容からすると、舞手になりたい姫はたくさんいるって感じだけど、それはそれとして紅花さまには協力したくないってことかな。
「難しいですね。あの、侍女さんの衣装もつくった方がいいですか?」
「そうしてちょうだい。――さて、舞ってあげるから、しっかり見なさいよ」
紅花さまは一度目を閉じて、深呼吸をする。
舞がはじまるみたいだ。なんか、どきどきしてきた。どんな舞なのかな?
紅花さまが目を開く。その瞬間、ふわっと、やわらかな風が吹きぬけた。
(わっ、きれい……!)
紅花さまの顔にはもう、とげとげしさも暗さもなかった。
ひたすらやさしい笑顔が浮かんでいるんだ。別人みたい……。
紅花さまが歌を口ずさむ。心が落ちつく、でも華やかな、きれいな音色。
それにあわせて、紅花さまと侍女が舞いはじめる。
(すごい、これ、なんだろう――、花が咲いていくみたいな)
ふたりが動くたびに、まわりに花が咲く。そんな光景が見えてくる。
夏の暑さが吹きとぶような、涼やかな風を誘う舞だった。
思わずぼーっと見とれちゃう……。でも、衣装づくりの参考にするために、ふたりは舞ってくれているんだよね。しっかり観察しなきゃ!
(えっと……、手のふりつけが多いから、そでがふわっとなびくときれいかも)
しなやかに扇を操る手の動きを魅せる衣装……、うん、いい気がするよ!
あとはやっぱり、清らかさが大切かな。舞は、びっくりするほどきれいで、洗練されてる。その舞をじゃましない、むしろ魅力を引きだすためには、清楚な衣装がいい。
(紅花さま、清楚な衣装も、着こなしちゃうんだろうなあ)
侍女もうまく舞っているけど、紅花さまは段違いにきれいだった。
さすが、藍雪さまと后の座を競っただけあるよ。
でも舞が終わると、紅花さまは一瞬でもとの冷たい表情にもどった。
「どう? 衣装の案は浮かんだかしら?」
「はい、ばっちり。ありがとうございます! 本当にすっごくきれいでした。とびきりの衣装をつくれるように、わたしもがんばりますね!」
「そう。せいぜいはげみなさい。へたな衣装をつくったら、許さないから!」
紅花さまは赤い髪を手ではらって、さっそうと部屋にもどっていった。
よーし、紅花さまが「すごい!」って言う衣装、つくってみせるからね!
でも、事件が起きたのはつぎの日の朝だった。
わたしはその日も花殿に向かっていたんだけど、部屋が騒がしい気がして「あれ?」と思った。……なんか、嫌な予感。
「おはようございます。あの、どうかしたんですか?」
声をかけると、侍女たちがみんな泣きそうな顔でこっちを見た。えええっ⁉
「……紅花さまが、儀式に参加できなくなるかもしれないわ」
ぽつりと、ひとりの侍女が言って、目を伏せる。
ほかの侍女もつづいてうつむいた……って、待って待って!
「参加できないって、なんですか、それ!」
「――嫌がらせよ」
「あ、紅花さま」
部屋の奥から歩いてきた紅花さまのとなりには、昨日、舞を披露してくれた侍女もいた。
でも、その侍女は足をひきずって歩いてる。
「どうしたんですか、その足。けがとか?」
「……まあね。外を歩いていたら、だれかにつきとばされて」
「え! な、なんで⁉」
紅花さまがため息をつく。
「だから、わたしへの嫌がらせよ。『百命花の舞』の舞手は名誉な役目だから、これ以上わたしの評価が上がらないように、どこかの姫がじゃましてるんでしょ」
「それって――、またけおとしあいが起きてるってことですか?」
目立つお姫さまがいると、周りのお姫さまたちはいい気がしない。
だから、けおとそうとする……ってことなのかな。
(后選びは終わったのに、まだそういうことがあるんだ)
紅花さまは、ぎりっと歯ぎしりをすると、侍女たちを見回した。
「だれか、この子の代わりに、舞える子はいないの?」
だけど、侍女たちは申し訳なさそうな顔で目をそらして、なにも言わない。
……もしかして、舞手になればつぎは自分が襲われるかもって怖がってる?
紅花さまはうつむいて、こぶしをにぎった。
「舞手はふたり必要よ。だれも舞いたくないなら、わたしは儀式に出られない」
「そんな。ここであきらめちゃうんですか?」
なんか、納得いかないよ。
紅花さまの舞はとってもきれいで、儀式に必要なものだって思うんだ。
それに『百命花の舞』は、白竜さまと藍雪さまが成功させたいって願った儀式だし。藍雪さまも、紅花さまが舞うべきだって言っていた。
だから紅花さまが儀式に出ないなんて、絶対だめだよね。
紅花さまだって、このままあきらめるのは嫌そうだし……。
(というか、わたしはもう決めたんだ。紅花さまの衣装をつくるって)
こんなところで衣装づくり中断なんて、わたしは嫌! だから、えーっと。
――あっ、そうだ! あるじゃんか、解決策!
「紅花さま、大丈夫です。舞手ならいま、見つけました!」
「はあ? みんな舞えないって言ってるのに、なに言ってるの」
「だってほら、ここにいるじゃないですか。嫌がらせに負けない人間が!」
紅花さまが、はっとした。
「あなた、まさか、それって」
「はい! もうひとりの舞手は、わたしが引きうけます!」
わたしは、ばんっと自分の胸をたたいた。
紅花さまがぱっと瞳を輝かせる。
「本当に? あなた、舞えるの⁉」
舞えるか? それはもちろん!
「わかりません!」
力強く言い切ると、紅花さまは「は?」と目をまたたいた。
「おはずかしながら、舞ったことはありませんので、わからないです!」
「……はあああっ⁉ 初心者がなんでそんなに自信満々なのよ!」
さっきの輝きはどこへいったのか、紅花さまがめちゃくちゃにらんでくる。
「だって、やるしかない――いえ、やりたいと思ったから!」
「気持ちだけじゃどうにもならないことはあるわ! あなたじゃ無理よ! ねえ、だれか舞えないの⁉」
紅花さまが侍女たちをもう一度見回した。でもみんな、目をそらしたままだ。
紅花さまはぐっと口をつぐんで、天井をあおいだ。
「……いまのわたしを手助けする人間はいないから、侍女以外の舞手を見つけるのは無理。とはいえ、初心者の舞なんて、絶対に見るにたえないわ……」
「そ、そんなことないですよ! わたしならできます、信じてください!」
「だから、どこからくるのよ、その自信!」
「わたし、逆境には強いんです! それは、紅花さまもご存じでしょう?」
后選びのとき、さんざん紅花さまにきたえられたからね!
「大丈夫です。わたしに、どーんとお任せください!」
紅花さまは、ものすごーく信用できないって顔でわたしを見た。ひどい。
それでも、深々とため息をつく。
「……ああ~、もうっ! いいわよ、そんなに言うなら、あなたに任せるわ!」
紅花さまはやぶれかぶれに叫んだ。本当に、しぶしぶっぽい。
わたし、ぜんぜん信頼されてないね。悲しいよ。
でも人生初の舞、絶対にうまくやってみせる! 任せてね!